人体の不思議

こんばんは〜

 

ロング日記だと容量が足りなかったので、ミドル日記にお邪魔させてもらって、丹後の振り返り書かせてもらいました。

 

 

 

 

 

二区走らせていただきました篠原です。

 

 

噂通りの難コース。

たっぷり味わってきました。

 

 

 

まずは、かど、ナイスラン!

 

それにつきます。

 

襷をもらう時点で、11位。

 

先頭との差も大事だけど、何より、後ろとの差を突き放してくれたのが大きかった!

 

 

そのおかげで、ずっと自分の走りに集中して、走り抜けれました。

 

 

僕はずっとかどの一区説は推してて、当日あんまり中継は見ないようにしてたんですけど、スローペースって聞いた瞬間、かどはいいとこで帰ってくるなって思いました。

 

 

確実に激しいペースアップがあって、しかも去年よりも距離は長いので、先頭はさておき、最後の1-2kmにどれだけ粘れるかが重要だと思ってたので、角はやっぱり一区の最適解でした。

 

 

 

正直、自分自身の現状から考えても、二区で順位落とすのは覚悟してたんですけど、角の走りのおかげで、後ろから全く人の気配なく、ずっと前見て、自分のペースで走れました!

 

 

 

 

 

 

 

自分のことはちょっと前のことから振り返っていきます。

 

 

 

1.怪我をしてから

 

10月初めくらいに疲労骨折って言われたときはなったこともないから1-2週間で治すぜとか思ってましたが、全治は2ヶ月って言われて、いや、駅伝は!?って自分の中で相当焦ってました。

 

 

 

最初の方は歩くのも痛くて、毎朝家の階段降りるので、1分くらいかかってました。

 

 

 

 

みなさんご存知の通り、自分にはサボり癖があるので、今回の怪我期間もサボっちゃうのかなって思ってたんですけど、

 

 

とにかく1029日に合わせようっていう気持ちと

 

 

男子主将が駅伝前にサボれないっていう気持ちと、

 

 

やっぱり駅伝走りたいっていう気持ちが僕の10月を充実したものにしてくれました。

 

 

しかも、この怪我期間中で水泳という新しい練習を発見。

 

 

週一のプールが気分転換とともに、少しは体力の維持に貢献してくれたんじゃないかなと思います。

 

 

ちなみに、周一プールは現在小原くんと活動中で、冬期間中も続けていこうと思うので、興味ある人はぜひ。

 

 

 

 

 

 

 

 

1.調整

 

 

1週間どころか、5日前くらいに出走が決まり、そこから当日までは僕の今までの陸上人生の中でも1番くらいに、完璧な調整ができました。

 

 

 

①渚の湯

②水曜日のプール

22時寝5時起き

④酸素カプセル

⑤カラオケでストレス発散

 

 

 

 

めちゃめちゃ充実した日々で、あれが5日前とは思えないほど。

 

 

でも、試合前日は21:30くらいに消灯してから23時くらいまで寝れんかった

 

まあ、翌日元気だったからいいけど。

 

 

 

動画でコースの復習して、どこで1kmでどのカーブミラーであと何mっていうのを確認。

 

ちなみに、中継所直前の一個前のカーブミラーがだいたいのこり400m

 

トラックの感覚でいくと、ここで、一段階ギア上げれるかなと思ってました。。。

 

実際に走るまでは。

 

 

 

2.レースプラン

去年、佐久間さんが快走した二区。

 

これは偉大な先人に学ぶべきと思い、去年の日記を見ました。

 

 

そこには驚くことに、坂では差がつかない説が提唱され、そして立証されてました。

 

 

坂に入るまでで、相当なペースで佐久間さんが攻め、その結果が区間3位だということが発覚。

 

 

なるほど、じゃあ、俺も最初から攻めるかと考え、初めの方は3'10で行けるところまでいこうっていうプランを考えてました。

 

 

 

しかし、それはあくまで佐久間さんの話であって、怪我明け、練習2週間の篠原に通用するとは限らない。

 

 

ああ、どうするべき??

 

 

 

結果、佐久間さん立証済みの、上り坂は比較的差がつきにくい論と、自分の体力がもつのかという疑問の狭間で前日まで、葛藤してました。

 

 

 

 

でも、結局自分の現状、そしてチームの作戦としても自分の役割は希望を絶たないことだという結論に達して、

 

 

 

自分の感覚で、息が上がるギリギリのところで、残り2kmまで持っていこうということにしました。あとは魂。

 

 

 

 

 

 

3.結果

 

23'56

 

3'06

3'19

3'20

3'28

3'24(下り)

3'56(上り)

3'23(800m)

 

 

 

 

なんとか耐えました。

 

 

スタートして、すぐ後ろにいた、太一にはおなじみ同志社のしみこう(高校の時の僕のライバル)がすぐ抜かしてきたんですけど、知った顔だからこそ余計にあんまり意識せずに走れて、追い抜かされた時は「しみこう頑張って〜」くらいの気持ちで自分は自分で淡々と走ってました。

 

 

位置関係的には同志社がほぼ同時スタート。

その前は関西福祉が50mくらい先。

 

それ以上前はだいぶ遠かったので、たぶんこの6.8kmでは関わらないなとおもって無視。

 

 

 

入りはどうやっても早くなるので、3'10切るくらいだろうなと思ってたらまあ、大体そんな感じで、ひとまず安心。

 

 

この時点で余裕あり。

 

 

よしよしと思って、一旦タイム気にせず、気持ちよく走ったら次の1km3'19

 

できれば3'15くらいで行きたかったから少し上げようとしたんですけど、息がすぐに上がってきそうだったので、ペース維持に切り替え。

 

 

3'20基準でレース組み立てることにしました。

 

 

 

2kmから4kmくらいは沿道での応援がいっぱいあって、OBさんたちが大勢応援に駆けつけて来てくださってたので、めちゃめちゃがんばれました。

 

 

 

 

レース後に、定点カメラの映像のことで、みんなに心配されてたの知ったんですけど、あの時、僕は元気でした。息も足もいい感じで、とにかくリズム意識して走ってました。

 

カメラの位置がちょうど下りの前だったから一息ついてたからあんなに遅かったのかも。

 

 

 

2-3kmも無事、ペース維持できて、ここから一つ目の上り。

 

 

ここで、まさかのしみこうが前から落ちてきて、何事もなく抜きました。

 

後で聞いたら2kmくらいで差し込みきてたらしい。

 

 

今の僕の実力からしたら確実に区間順位上の相手なので、ラッキーと思って、そのままペース維持。

 

 

 

次は関西福祉ですが、この子も一つ目の坂で相当ペースダウンしてるようで、差がだいぶ縮まりました。

 

 

上り坂が得意そうじゃなかったので、この子はゴールまでにいけると確信。この時点で一旦10位でりくやに渡せるなと思ってました。

 

 

 

その後のくだりで抜けたら抜こうと思ったんですけど、下りは彼も結構頑張ってたので、まあいいやと思って、僕は息が上がらない程度にスピードアップ。

 

 

 

あのくだりは休憩のようで休憩にならないので、来年走る人は注意。

 

 

僕ももう少し、体力回復する算段でしたが、思ったより息を落ち着けられませんでした。

 

 

そして、ラスト2km

 

 

ついにきた、ジュラシックパーク

 

 

 

坂入り始めたくらいで関西福祉を抜く。

 

 

佐久間さんの上り坂では差がつかないというデータと後ろに全く気配がないことで、これで一旦、安心。

 

 

あとはどれだけ前に近づけるか。

 

 

この時点では前は見えないくらいでした。

 

 

 

 

 

と、ここで西澤さんが残り1.5km付近にいて、いつも通りの声聞けてめっちゃ安心した覚えがあります。

その時はまだ余裕あったからガッツポーズで応えた気がする。

 

 

 

 

そんな感じで残り1km

 

坂はもうタイム見ても仕方ないし、速いか遅いかの判断も出来ないので、ラップは無視。

 

ただ、やっぱりキロ4近くはかかってたみたい。

 

 

 

この時点で、結構息が荒れてきて、足もそろそろ限界。でも、ここからがきついところ。正直、フォーム保つのも精一杯な感じでした。

 

 

 

これがジュラシックパーク

果たして、頂上のティラノサウルスにたどり着けるのだろうか。

 

 

 

 

ただ、後ろはそんなに意識しないでいいことが大きかったです。

 

勾配が急になって、息が上がってきたら少しペース落として、少し勾配が緩くなったらまたリズムを戻す。

 

 

 

そんな感じで、なんとか残り400mのカーブミラー。

 

 

やっと見えたぜ。

上げ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

れない!

 

もちろん、ここでスパートかけるほどの元気はなし。

 

 

甘くみすぎました。

すでに120%以上出して、今すぐにでも、終わりたい。

 

 

800で言ったら850mくらいの息の上がり具合。(←800で言えてない。)

 

 

 

 

 

でも、残りのコースは頭の中に入ってたので、ゴールのティラノサウルスだけを考えて、動かない足を動かします。

 

 

 

もう前向いて走るのもきついからたまに下見て、嗚咽漏らしながら前に進む。

 

 

 

 

やっと最後の100m

 

中継所から写るあたり。

 

 

なんでか知らないけど、襷よりも前にサングラス取ったから、襷がうまくとれない。

 

 

それでもなんとかもぎ取って、しんどいから下向いて走って、

 

 

左手にサングラス持ちながら襷持ってるからこれじゃあ、襷渡せんやんって思って、

 

 

 

襷渡すと同時に、サングラスを下に落とす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

終わった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やっと終わった。

 

佐久間さんが去年、「もう二度と走りたくない」って言ってた気持ちがめちゃめちゃわかりました。

 

 

 

先に言っておきますが、僕ももう二度と走りたくありません。

 

 

 

 

普段の練習では相当じゃないと寝転ばないようにしてるんですが、そのあと、15分くらいは寝転ばないと息が落ち着きませんでした。

 

 

 

試走合宿の集合写真撮った場所で、しばらく景色見ながら寝転んでました。

 

 

 

 

まあ、練習量不足には間違いなく、水泳とか補強で鍛えた分、上半身は耐えたのですが、足の筋肉量が全然足りず、すんごい筋肉痛。

 

 

 

体力ももちろん、雑魚中の雑魚。

 

水泳やってなかったらどうなってたことか、恐ろしい。

 

 

 

だがしかし、なんとか考えた通りのレースプラン遂行できて、全体順位は抜かれるどころか一つ上げてシード権まで持っていけたので、

 

 

 

後悔しないくらいには現状で最高のパフォーマンスできたと思います!

 

 

 

上半身と下半身バッラバラで腰もアホほど低く、腕も全然振れてない姿をみんなに見られたと思うと、恥ずかしい気持ちもありますが、

 

 

 

太一に言ってもらったみたいに、あの姿で後続にちょっとはやる気起こせたなら、最低限男子主将の仕事は果たせたかなと思います。

 

 

 

 

 

さて、ここからは全体の話ですが、今年の駅伝、総じていうと、とてもいいレースだったと思います。

 

 

もちろん、理想を言えばシード権獲得したかったけど、冷静に見て、今年の戦力では厳しかった。

 

 

でも、自分達の作戦信じて走って、結果、しっかりハマって、神大として1番可能性のある展開に持っていって、やりたいことは全てできたレースだった。

 

 

 

パートとか関係なく、

神戸大学として、ここまで分析通りに点を取れなかったり、見積りの甘さで失点してきた流れがある中で

 

 

 

自分達の思い描いたとおりにレースを進めて、やりたいことができた今回の駅伝はとても収穫のあるものだったと思います。

 

 

 

 

 

だからこそ、あきらが涙流してくれたように、悔しくて、悔しかった。そして、より一層シードへの想いが強くなった。

 

 

 

だからこの経験を糧に、来年こそはシード権取りに行こう!

 

 

 

来年の神大は間違いなく強い。

 

最強世代になるかもしれん。

 

 

 

 

 

 

けど、それは他の大学も一緒かもしれない。

 

 

他大学が一段階レベルアップするならうちはニ段階上がらないといけない。

 

 

 

道はまだまだ険しい。

 

 

 

だからこそ、覚悟持ってここから一年しっかり準備していきましょう。

 

 

 

また来年まで。

 

 

待ってろよ、丹後